東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12768号 判決 1989年1月30日
主文
甲及び丙事件原告並びに乙事件被告は、甲及び丙事件被告並びに乙事件原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
甲及び丙事件被告並びに乙事件原告は、昭和六一年八月一五日付け時事日報第二九四号について、販売、無償配布及び第三者への引渡しの各行為をしてはならない。
甲及び丙事件被告並びに乙事件原告は、甲及び丙事件原告並びに乙事件被告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
甲及び丙事件原告並びに乙事件被告の甲事件の請求及び丙事件のその余の請求をいずれも棄却する。
甲及び丙事件被告並びに乙事件原告の乙事件のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、甲、乙及び丙事件を通じ、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。
この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 甲事件
(一) 甲及び丙事件被告並びに乙事件原告(以下、単に「被告」という。)は、甲及び丙事件原告並びに乙事件被告(以下、単に「原告」という。)に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(二) 被告は、朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に、それぞれ別紙(一)記載の謝罪広告を別紙(一)記載の条件で一回掲載せよ。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
(四) (一)について仮執行の宣言
2 乙事件
(一) 原告は、被告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(二) 原告は、朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に、それぞれ別紙(二)記載の謝罪広告を別紙(二)記載の条件で一回掲載せよ。
(三) 訴訟費用は原告の負担とする。
(四) (一)について仮執行の宣言
3 丙事件
(一) 被告は、昭和六一年八月一五日付け時事日報第二九四号について、販売、無償配布及び第三者への引渡しの各行為をしてはならない。
(二) 被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(三) 被告は、朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に、それぞれ別紙(三)記載の謝罪広告を別紙(三)記載の条件で一回掲載せよ。
(四) 訴訟費用は被告の負担とする。
(五) (二)について仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲及び丙事件
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 乙事件
(一) 被告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 甲及び丙事件
(一) 原告は、東京都K区議会議員であって、昭和三八年以来現在まで六期にわたり、同区議会において、財政委員長、文教委員長、総務財政委員長、副議長等の役職を歴任した。
原告は、また、日本社会党に所属し、同党K支部書記長、同副委員長、同委員長を歴任し、現在、同区議会同党議員団幹事長の地位にある。
(二) 被告は、被告個人の経営する時事日報が年数回発行する新聞である時事日報社の発行責任者であり、時事日報の配布先は、同区役所、同区議会、建設業界等同区を中心とする購読者であり、配布数は、同区役所八五部、同区議会五〇部を加え、三〇〇〇部以上と推定される。
(三) 甲事件関係
(1) 被告は、昭和五八年一〇月一五日付け時事日報第二七八号において、第三面に「甲田社会党区議が会社人事に不当介入」の見出しのもとに別紙(四)の(1)記載の記事を、第一面の「記者メモ」欄に別紙(四)の(2)記載の記事(以下、右第三面の見出しを含めて右の両記事を「本件(一)の記事」という。)を掲載し、右時事日報を同区を中心に三〇〇〇部以上配布した。
加えて、本件(一)の記事は、これまで被告と共同歩調をとり原告を執拗に攻撃してきた、丙川三郎の発行する政経新聞の昭和五九年四月一日付け第一〇一七号にそのまま引用されて掲載された上、右新聞は大量に印刷されて同区<住所省略>の民家の郵便ポスト又は建物内に投げ入れられている。
(2) 本件(一)の記事は、虚偽であり、あたかも原告が民間会社の人事問題に不当に介入し、区議会議員の肩書を利用して相手方を威圧し、相手方に対して義務のないことを強要し、金員の要求をさえしたかの如き印象を読者に与えるものであって、区議会議員として選挙民の信頼を最も大切にしなければならない原告の社会的評価を低下させるものであり、被告の本件(一)の記事の掲載、配布は、原告の名誉、信用を毀損し、原告に多大の精神的苦痛を与えた。
(3) 原告の名誉、信用を回復するためには、同区民の大多数の者が購読する朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に別紙(一)記載の謝罪広告を掲載することが必要であり、また、原告の被った精神的損害に対する慰謝料は、少なくとも三〇〇万円が相当である。
(四) 丙事件関係
(1) 被告は、昭和六一年八月一五日付け時事日報第二九四号において、第一面に「K区議会社会党幹事長甲田区議会社脅し密室で10万円受理」の見出しと、「記者メモ」欄に別紙(六)の(1)記載の記事を、第三面に「虚勢くずれる甲田区議『指名停止』と業者脅す 地裁公判で事実続々」の見出しのもとに別紙(六)の(2)記載の記事(以下、右第一、三面の両見出しを含めて右の両記事を「本件(三)の記事」という。)を掲載し、同月二一日ころから同年九月一〇日までの間に右時事日報を定期購読者のほか、民家へのアルバイト学生による、あるいは、新聞の広告折り込みによる方法で、同区内に約三万部ほど配布し、さらに配布し続けようとしている。
(2) 本件(三)の記事のA社長というのは、W株式会社(以下「W」という。)代表取締役B(以下「B」という。)である。Bの証人調べは同年七月一四日に実施されたが、Bは、原告から脅かされ現金一〇万円を原告に渡し原告がそれを受け取ったという証言は全くしていないのであって、原告が「会社脅し密室で10万円受理」した等の本件(三)の記事は、全くの捏造である。被告は、このように、故意に事実を捏造し、原告の名誉を著しく害する記事を掲載し、それを大量に配布し、さらに配布し続けようとしている。そして、本件(三)の記事の掲載された時事日報が配布されれば、原告の名誉が回復困難な重大な損害を受けることは確実である。他方、右時事日報は、被告の定期購読者には既に配布されているのであるから、配布等が禁止されても、被告には何らの損害も発生しない。また、区議会議員として選挙民の信頼を最も大切にしなければならない原告は、本件(三)の記事の掲載、その大量配布によって耐え難い精神的苦痛を受けた。
(3) 原告の名誉の回復し難い重大な損害を阻止するためには、本件(三)の記事の掲載された時事日報の配布等を差し止める必要があるばかりでなく、原告の名誉、信用を回復するためには、同区民の大多数の者が購読する朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に別紙(三)記載の謝罪広告を掲載することが必要であり、また、原告の被った精神的損害に対する慰謝料は、三〇〇万円が相当である。
よって、原告は、被告に対し、
<1> 甲事件について、不法行為に基づいて、請求の趣旨1の(二)のとおりの謝罪広告の掲載と慰謝料三〇〇万円のうち一〇万円及びこれに対する右不法行為の後である昭和五九年一一月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、
<2> 丙事件について、人格権としての名誉権に基づいて、請求の趣旨3の(一)の本件記事(三)の掲載された時事日報の配布等の行為の差止めを求めるとともに、不法行為に基づいて、請求の趣旨3の(三)のとおりの謝罪広告の掲載と慰謝料三〇〇万円及びこれに対する右不法行為の後である昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 乙事件
(一) 被告は、東京都K区において二十数年前から都内地方新聞である時事日報を発行しているものである。
(二) 原告は、日本社会党所属の同区議会議員であり、昭和五七年五月二六日当時、同区の総合スポーツセンター建設委員会の委員であった。
(三) 被告は、同年四月二三日付け時事日報第二六九号において、第一面に「総合スポーツセンター建設 五〇億を超えるK区初の大型工事 大手業者が談合? 本名すでに決定の疑い」の見出しのもとに別紙(五)記載の記事(以下、右見出しを含めて右の記事を「本件(二)の記事」という。)を掲載し、右時事日報を同区を中心に配布した。
(四) 同年五月二六日午後一時に開催された公開の同区議会総合スポーツセンター建設委員会には、自由民主党所属の八名、公明党所属の三名、日本共産党所属の二名、日本社会党所属の一名、社会民主連合所属の一名及び無所属の一名合計一六名の委員と、同区の助役渡辺某や関係課長、係長等多数の者が出席した。
(五) 原告は、右委員会の審議の中で、「時事日報の乙野はゴロツキだ。」「ユスリタカリ屋だ。」「区役所のダニだ。」「ウソ八百ばかり書いている。大成建設をはずすために仕組んだ謀略だ。」と事実無根の発言し、「今後一切区役所の廊下を歩かせるな。」と暴言をはいた。原告の右委員会における事実無根の発言は、二十数年間同区役所の庁内紙的性格を併用する都内地方新聞として時事日報の公正な報道を心掛けてきた被告の名誉、信用を著しく毀損し、その新聞人として生命まで抹殺しかねないものであって、被告に筆舌に尽し難い精神的苦痛を与えた。
(六) 被告の名誉や信用を回復するためには、同区民の多数が購読する朝日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版及び毎日新聞東京本社版に別紙(二)記載の謝罪広告を掲載することが必要であり、また、被告の被った精神的損害に対する慰謝料は、少なくとも三〇〇万円が相当である。
よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づいて、請求の趣旨2の(二)のとおり謝罪広告の掲載と慰謝料三〇〇万円のうち一〇〇万円及びこれに対する右不法行為の後である昭和六〇年五月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1(一) 請求の原因1の(一)及び(二)の各事実は認める。
(二)(1) 請求の原因1の(三)の(1)のうち、前段の事実(原告主張の時事日報に本件(一)の記事を掲載し、右時事日報を原告主張のとおり配布した事実)は認めるが、その余の事実は争う。
(2) 同1の(三)の(2)及び(3)の各事実及び主張は争う。
(三)(1) 請求の原因1の(四)の(1)のうち、さらに配布し続けようとしている点は否認し、その余の事実は認める。
(2) 同1の(四)の(2)のうち、本件(三)の記事のA社長というのがWの代表取締役Bであること、Bの証人調べが原告主張の日に実施されたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。本件(三)の記事は、<1>甲事件の裁判の内容、<2>甲事件に係る案件についてのこれまでの総合的解説・経緯、及び、<3>被告の取材によって明らかとなった金銭授受の新事実の三部で構成されており、全文が右<1>の内容の報道ではない。このことは、右文章の構成からみて明らかである。したがって、本件(三)の記事に、現金一〇万円の授受を内容とする証人Bの証言があったとは記載されておらず、現金一〇万円の授受の部分は、被告の取材で明白になったので、関連記事として掲載したものである。
(3) 同1の(四)の(3)の事実及び主張は争う。
2(一) 請求の原因2の(一)ないし(三)の各事実は認める。
(二) 請求の原因2の(四)のうち、被告主張の委員会が公開であったことは否認し、その余の事実は認める。
(三) 請求の原因2の(五)の事実は否認し、主張は争う。原告は、右委員会において、新聞に名前の出た会社が指名を受けられなくなるのはおかしいと発言しただけである。
(四) 請求の原因2の(六)の事実は否認し、主張は争う。
三 抗弁-甲及び丙事件に対し
1(一) 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実の真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく不法行為は成立しないと解すべきである。
(二) 被告は、原告が東京都K区議会議員の立場を利用して同区役所から清掃業務の委託を受けている業者の人事問題に不当に介入することは公益上好ましくないと考え、あえて本件(一)及び(三)の各記事の報道に踏み切ったものである。したがって、被告の右報道は公共の利害に関する事実に係り、かつ、被告においてもっぱら公益を図る目的をもってしたものである。そして、本件(一)の記事の内容は真実であり、また、本件(三)の記事の内容は、現金一〇万円の授受についても、被告が昭和六一年七月四日に東京都港区元赤坂一の二の三所在の喫茶店「マリーピュール」においてWの代表取締役Bから取材して事実の真実性を確認しており、すべて真実である。
2(一) 仮に摘示された事実の真実であることの証明がなされなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しないと解すべきである。
(二) 被告は、昭和五八年八月五日午後一時ころ、Wの代表取締役であるBから、会社がボイラーマンを解雇しようとしたところ、東京都K区議会議員の原告が介入してきて困っていること、原告が同区議会の副議長や各委員会の委員長もやっていたといばっていたこと、Bが原告に対し一〇万円くらいを領収書はいらないということで届けようと思っていること等の話を聞いた。
そして、被告は、同日午後四時過ぎ、原告を取材する目的で同区議会日本社会党議員控室に行ったところ、原告から暴言をはかれたり、手首をつかまれたり、灰皿を振り回そうとされたりなどされ、取材を拒否された。
そこで、被告は、原告の態度から見てBの話を真実であると判断したのである。
また、一〇万円の現金の授受については、前記のとおりBから事実の真実性を確認している。
以上のとおりであるから、仮に本件(一)及び(三)の各記事の内容が真実でなかったとしても、被告にはそれを真実と信ずるについて相当の理由があった。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1の(一)の主張は争う。
(二) 抗弁1の(二)の真実及び主張は争う。
2(一) 抗弁2の(一)の主張は争う。
(二) 抗弁2の(二)の事実及び主張は争う。
第三 証拠<省略>
⑩ 一 甲事件について
1 請求の原因1の(一)及び(二)の各事実並びに(三)の(1)の前段の事実については、当事者間に争いがない。
2(一) 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実の真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実の真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三七年(オ)第八一五号、昭和四一年六月二三日第一小法廷判決、民集二〇巻五号一一一八頁)。
(二) 前記1の当事者間に争いのない事実によれば、本件(一)の記事の内容は、原告の東京都K区議会議員としての言動とそれに対する批判等の表現行為であることを認めることができるから、本件(一)の記事の内容は、公共の利害に関する事項であると言うことができる。
(三) 本件(一)の記事の内容が公共の利害に関する事項であることは前記のとおりであり、前記1の当事者間に争いのない事実に<証拠>を総合すると、被告は、個人で時事日報社を経営していること、時事日報社は、昭和三二年三月から年平均六回の不定期でいわゆる地元ミニコミ紙である時事日報を発行していること、被告は、同区政特にその建築関係に重点を置いて時事日報を編集していること、本件(一)の記事のA清掃会社というのはWであるが、Wは、昭和五八年七~一〇月当時、同区から、渋江児童館・敬老館・保育園ほか二か所のボイラー運転保守等の委託を受けていたこと、本件(一)の記事の内容は、要するに、原告が同区議会議員の地位を利用して民間の会社であるWの人事に不当に介入したということであること、本件(一)の記事は、被告がWの代表取締役であるBから直接に取材したものであること、被告は、Bから話を聞くに当たって、Bに対し、原告とは少しもめていることもあるけれども、新聞記者として公の立場に立ち返って公平に扱う旨を述べていることを認めていることができ、右事実によれば、本件(一)の記事の時事日報への掲載と右時事日報の配布は、もっぱら公益を図る目的に出たものであることを推認することができる。<証拠>中には、被告が同年八月五日午後四時一〇分ころ同区議会日本社会党議員控室において、原告に対し、議員をやっておれなくしてやる旨などの暴言をはいたとして、右掲載・配布に原告個人を攻撃する目的があったとするかの如きの部分があるが、<証拠>は、原告の同僚議員である阿部裕の同年一二月付けの宛先不明の上申書であり、その記載中には、弁論の全趣旨によれば同年八月五日までに時事日報が殊更に原告を中傷する記事を掲載したことがないことが認められるにもかかわらず、同日までに被告の新聞すなわち時事日報が再三にわたり原告に対する中傷を行ってきたといった事実と異なる部分があることに照らして、右の原告個人を攻撃する目的があったとするかの如き記載部分を採用することはいささか躊躇を感じるし、また、<証拠>によれば、右控室の原告のロッカーの開き戸の裏側に貼った写真又はそれを印刷したポスターに写っている若い女性が全裸であることを認めることができるところ、<証拠>中には、右女性は水着を着ていると言うなど客観的事実と明らかに相違する部分があり、このことに照らすと、右の原告個人を攻撃する目的があったとするかの如き供述部分はにわかに信用できない。<証拠>を総合すると、昭和五七年四月二三日付けの時事日報は、一面トップにおいて、同区が建設を計画している工事費総額五〇億円を超える総合スポーツセンターの受注について大手建設業者が談合して本命がすでに決定しているとの情報がある旨の報道をしたこと、同年五月二六日午後一時二七分に開議された同区議会総合スポーツセンター建設特別委員会において、一部の委員から右報道に関する質問が出たが、それに関連して、原告は、後記のとおり被告ないし時事日報を誹謗する発言をしたこと、その情報を得た被告は、同月三一日、同区議会議長井上清史に対し、右委員会の議事録の閲覧を申請するとともに、東京地方検察庁検察官に対し、原告を名誉毀損罪で告訴したこと(なお、右閲覧申請が却下されたので、被告は右井上清史に対して異議を申し立てたが、それに対してはいまだ何ら応答もないこと)を認めることができるが、右の事実だけでは推認を動かすに足りるものとはいえない。他に右推認を動かすに足りる証拠はない。
(四) 本件(一)の記事のA清掃会社というのがWであること、Wの代表取締役がBであること、Wが昭和五八年七~一〇月当時同区から渋江児童館・敬老館・保育園ほか二か所のボイラー運転保守等の委託を受けていたこと、本件(一)の記事が被告においてWの代表取締役であるBから直接に取材したものであること、右控室の原告のロッカーの開き戸の裏側に若い女性の全裸の姿態を撮影した写真又はそれを印刷したポスターが貼ってあったこと、及び、被告が東京地方検察庁検察官に対して原告を名誉毀損罪で告訴したことは、前記のとおりであり、<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
<1> Wは、建物の清掃管理、各種設備の保守管理等の業務を営む株式会社で、東京に本社があるほか、東京と大阪にそれぞれ営業所を置いて、諸官公署等から右業務を請負っており、従業員数は四〇〇~五〇〇名である。Wの就業規則によれば、従業員は、定年が満六八歳であり、その後、医師の診断書、身元引受人の承諾書等の書類を提出し、就労が可能の状態であれば、一年毎に嘱託として採用されることになっている。
<2> 同区とWとの渋江児童館・敬老館・保育園ほか二か所のボイラー運転保守等の委託契約の期間は、一年であり、更新の可能性はあったが、その保証はなかった。そして、同区とWとの昭和五八年四月一日に締結された同日から昭和五九年三月三一日までの委託契約書の同区側の契約担当者は、同区総務部経理課長大越三雄(以下「大越」という。)であった。
<3> 近藤鏡一(以下「鏡一」という。)は、大正元年一〇月二五日生れで、昭和五〇年からWにボイラー等冷暖房の取扱い技術者として勤務していたが、昭和五四年三月ころには高血圧症で医院に通って加療中で、六日に一日の割合で休日が必要の状態である上、勤務態度が不良であって、派遣先の役所から苦情がきてWではその度に派遣先を変えたりし、同区の施設に派遣したときも派遣先から鏡一の勤務態度に関してWの営業部長横田某(以下「横田」という。)が叱責を受けたことがあった。鏡一は、昭和五七年一〇月三一日に定年で退職することになったが(ちなみに、鏡一の定年が満七〇歳になった事情は不明である。)、嘱託として雇用を希望したので、Wは、鏡一がWの高齢な嘱託雇用者に対する人事管理の方針に従って医師の作成した総合診断書一通及び身元引受人の承諾書一通を提出することを条件に、同年一一月一日、鏡一との間で、雇用期間・同日から昭和五八年一〇月三一日まで、就業場所・渋江児童館、仕事の内容・暖房給湯運転保守、就業の時間・午前八時から午後五時まで(給湯時午前九時から午後四時まで)、休憩の時間・午前一二時から午後一時まで、勤務日・一一月から四月末まで週六日、五月から一〇月末まで火曜日及び金曜日、賃金・日額七五〇〇円、賃金の支払・月末締めの翌月一〇日払等の約定で嘱託雇用契約を結んだ。ところが、鏡一は、診断書及び身元引受人の承諾書を提出しないばかりか、血圧が高いので毎日のような勤務はできないといって昭和五七年一一月四日からの就労を拒み、辞職を申し出たので、Wは、渋江児童館には別の従業員を派遣するとともに、鏡一には同月分の賃金と退職金一七万四八一七円を支払った。したがって、右嘱託雇用契約は、黙示に合意で解約されたとみることができる。
<4> それにもかかわらず、鏡一は、昭和五八年六月末ころWに対し夏場の勤務をやらせてほしい旨申し入れたが、Wから断わられたので、同年七月に入って、東京都港区三田の労働基準監督署に行き、前記嘱託雇用契約書を提示してWの契約不履行を訴えたので、同署は、Wに電話で問合せをしたが、Wの弁明を聞き入れ、Wの関係書類を持参して説明するとの申出も不要であるとした。鏡一は、同月一八日、東京都江東区亀戸にある労政事務所をも訪ね、担当者の平石某に対し、前記嘱託雇用契約書に基づくWへの就労の斡旋を依頼した。そこで、右平石は、Wに電話を入れ、Bに対し、鏡一を直ちに勤務につかせることを求めたが、Bが従前の経緯を説明した上、渋江児童館には別の従業員を差し向けてあるので、どうしてもということであれば鏡一を本社勤務として雇用する旨申し出たところ、Wの右説明を了解して電話を切った。
<5> 鏡一は、右平石から、斡旋が不調に終ったことを知らされ、かねて顔見知りの原告に対し、Wへの就労の斡旋の労を取ってもらうこととし、同月二一日、原告を訪ね、前記嘱託雇用契約書を示して、Wが一年間嘱託で雇用することになっているのに使ってくれないのでなんとかしてほしい旨懇請した。原告は、鏡一から懇請を受けるや、直ちにWに電話をし、電話に出たBに対し、「自分は、K区議会議員であり、社会党幹事長である。」「同志である鏡一を昨年までやっていた場所に差し向けろ。」「お前の会社を同区の指名から外すのは簡単だ。」旨などの暴言をはき、Bが鏡一の昨年までの就労場所には別の従業員が行っているから鏡一をそこに差し向けることはできない、どうしてもというのであれば本社勤務ということで雇用するから鏡一を会社に来させてもらいたい旨応答したにもかかわらず、原告がそれを聞き入れようとしなかったため、病み上がりだったBは、激昂し、鏡一のこれまでのことを分かっているのかなどと言い返して口論になって、憤慨した原告は、一方的に電話を切ってしまった。ちなみに、原告とBは、それまで全く面識がなかった。
<6> そして、原告は、その直後、前記大越に電話を入れ、事情を話した。そのため、大越は、翌二二日午前一〇時ころ、Bに対し、電話をした。Bが心配して同区役所に行き、大越に対し鏡一の問題について説明したところ、大越は、会社の人事に対して口出しすることはできないが、その代わり、Wに委託してある作業でしくじりがあったならば君達の言い分を聞かないで委託契約を解除する、とにかく議員とトラブルを起こさないでもらいたいという趣旨の発言をした。
<7> Bは、原告から電話を切られた後乱暴な言葉を使って原告に対して礼を失したことを悔み、直ちに原告に対して電話を入れたが、原告が取り合わないので、同月二一日午後四時ころ、同業者のK清掃有限会社の代表取締役である郁に対し、原告に対する謝罪の場を設けることを依頼した。郁の斡旋に対して、原告は、Bと会うことは拒んだが、前記横田と会うことは承知した。そこで、原告、横田及び郁は、同月二五日ころ、前記控室において会い、はじめに横田が原告に対してBの無礼を陳謝し、原告もそれを了解して話合いになり、その結果、後日Wから鏡一の雇用について条件を出すことになった。原告、横田及び郁は、同月二七、八日ころ、再び同区役所近くの食堂で会い、その場で横田が鏡一の雇用についての八項目の要望書を示したところ、郁から八項目の要望などという難かしい解決でなく、鏡一に二〇~三〇万円位支払うことで解決したらどうかとの提案があったが、横田はそれを断わった。原告は、その後、鏡一に対し、右要望書を示したところ、鏡一は、それを了解した。
<8> 被告は、同年八月五日午後一時過ぎころ、Wに時事日報に掲載した広告の料金をもらいに行ったところ、Bから、前記横田及びWの業務課長勝又幾野の同席するところで、原告とのことで困惑していることや、鏡一の雇用関係をめぐるトラブルについてそれまでの経緯を聞かされ、さらに原告に対して一〇万円ほど届けようと思っているという話をされた。被告は、右金銭の話に対して、そのようなことをしたらかえっておかしいのではないかというアドバイスをしている。
<9> 被告は、同日午後四時ころ、原告からも右の点について取材するべく、前記控室に行ったところ、原告と激しい口論となり、原告から事情を聞くことができなかった。なお、被告は、その後も、Wに対し、前記嘱託雇用契約書や八項目の要望書の写しの送付を求めて取材活動をしている。
<10> 原告は、同区議会の各党の幹事長会において、前記被告の原告に対する取材態度の説明に関連して、右取材に係る事実について説明をしている。
<11> 昭和五六年一〇月三〇日付けのK新聞第五三号は、「甲田社党幹事長 区議会ロッカーにヌード写真張り楽しむ」の見出しで、写真入りの前記の同区議会日本社会党議員控室の原告のロッカーの開き戸の裏側に若い女性の全裸の姿態を撮影した写真が貼ってある旨及びそれを批判する趣旨の報道をしている。
<12> 原告が昭和五四年五月二三日の同年第一回同区議会臨時会本会議で臨時議長の議事整理権に基づく指示に従わず議場を混乱に陥れたことに加えて議長席の議事次第書を破棄するなどの議事妨害をしたことで、同月二六日午後三時四七分に開議された同年第一回同区議会臨時会において、原告の陳謝を求める決議が議決された(もっとも、右議決は、同年七月一三日午後四時三四分に開議された同年第二回同区議会定例会継続会において、地方自治法及び同区議会会議規則に照らして疑義があるとして廃止されたが、議長釈昭純から、右五月二三日の本会議場における日本社会党議員の行った行為は遺憾であり、今後そのようなことのないように特に喚起を促すとの付言をしている。)。
<13> 被告が前記告訴事件について担当検事の馬場俊行に捜査状況を問い合わせたところ、右馬場は、なるべく早い時期に取り調べる旨回答した。
以上の事実を認めることができ、<証拠判断略>。
(五) 右の事実と対比すると、本件(一)の記事には細部において微妙に異なる記載ややや不適切な表現があるが、その大筋ではほぼ一致しており、特に主要な部分については一致しているということができる。そうとすれば、本件(一)の記事の内容については真実の証明があったか、又は、被告においてその事実と信ずるについて相当の理由があると言うべきである。
3 したがって、被告が本件(一)の記事を時事日報第二七八号に掲載しこれを配布した行為は、違法性を欠くか、又は、故意若しくは過失を欠くものであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告に対する名誉毀損たる不法行為は成立しないと言わざるをえない。
二 乙事件について
1 請求の原因2の(一)ないし(四)の各事実については、(四)の昭和五七年五月二六日午後一時に開議された東京都K区議会総合スポーツセンター建設特別委員会が公開であった点を除いて、当事者間に争いがない。
2(一) 衆議院及び参議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われることがない(憲法五一条)が、地方公共団体の議会の議員には憲法上あるいは地方自治法等の法律上このような特権は認められていないから、地方公共団体の議会の議員は、たとえ議会内における演説、討論又は表決であっても、それが正当な職務行為と認められることは格別、不法行為を構成する以上、その責任を負わなければならないと解すべきである。
(二) <証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
<1> 昭和五七年五月二六日午後一時二七分に開議された東京都K区議会総合スポーツセンター建設特別委員会では、傍聴の申出があれば委員長が委員会に諮りその同意を得て傍聴させることができたが、傍聴の申出がなかった(ちなみに、右委員会議事録には、右委員会の傍聴を禁止し、あるいは、右委員会を非公開とする旨の記載はない。)。
<2> 右委員会では、本件(二)の記事の内容が取り上げられ、一部の委員から、右総合スポーツセンター建設の入札を一般競争入札でやるべきである等の意見が出されたが、同区の執行機関側では、東京都指定のAクラス三〇社を選定し、その中から入札を希望する二〇社を指名して入札させたいとの意向が示された。
<3> 同区議会においては、日本社会党は、いわゆる与党であった。
<4> 右委員会において、原告は、本件(二)の記事に名前の出た会社が指名を受けられなくなるのはおかしいとの発言をしたほか、「乙野は、ウソ八百ばかり書いている。」「こんな新聞の言うことを取り上げる必要はない。でたらめだ。」「大きな顔をして区役所の廊下を歩かせるな。踏ん付けてやる。」などの暴言をはいた。
以上の事実を認めることができ、<証拠判断略>(<証拠>には、原告の右暴言の記録はないが、<証拠>を総合すると、<証拠>は、右委員会の要点速記であって、要点速記の議事録には不規則発言は記録されないことを認めることができるから、<証拠>は、いまだ右認定を左右するに足りる証拠とはいえない。)。
(三) そして、原告の右暴言は、被告がその品性、信用等の人格的価値について社会から受ける社会的、客観的な評価を低下させるものであると言うべきである。
3 原告の右暴言が被告の主たる取材先である同区議会議員及び同区幹部職員の面前でなされ、しかも被告の取材活動を著しく阻害する内容のものであること、その他本件にあらわれた一切の事情を総合して考慮すると、被告が原告の右暴言によって被った精神的苦痛を慰謝する金員は、五〇万円をもって相当とする。
4 被告は、前記慰謝料の支払に加えていわゆる三大新聞各東京本社版への謝罪広告の掲載を求めるが、謝罪広告は、金銭による損害賠償のみでは填補されえない、毀損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能にするためである(最高裁判所昭和四三年(オ)第一三五七号、昭和四五年一二月一八日第二小法廷判決、民集二四巻一三号二一五一頁)ところ、原告の前記暴言は東京都K区議会総合スポーツセンター建設特別委員会という限られた範囲内で行われたものであるから、乙事件において謝罪広告の掲載が認められるとしても、その範囲程度に限られるというべく、そうとすると、被告が乙事件において求める謝罪広告の掲載は、過大であってかつその範囲において不可分であるから、結局その部分について相当でないと言わざるをえない。
三 丙事件について
1 請求の原因1の(一)及び(二)の各事実、(四)の(1)の・被告が本件(三)の記事の掲載された時事日報第二九四号をさらに配布し続けようとしている点を除く事実並びに本件(三)の記事のA社長というのがWの代表取締役であるBであること及びBの証人調べが昭和六一年七月一四日に実施されたことについては、当事者間に争いがない。
2(一) 本件(三)の記事の内容が公共の利害に関する事項であるか否か、また、本件(三)の記事の時事日報への掲載及び右時事日報の配布がもっぱら公益を図る目的に出たものであるか否かについての判断はひと先ず措き、次に、本件(三)の記事の内容が真実であるか否か、真実の証明がなされなくても被告において本件(三)の記事の内容を真実と信ずるについて相当の理由があるか否かについて判断する。
(二) 一定の新聞記事の内容が真実に反し名誉を毀損すべき意味のものであるか否かの判断は、その記事を精読すれば別個の意味に解されないことはない場合であってもそれを基準とするべきではなく、一般の読者の普通の読み方を基準とするべきである(最高裁判所昭和二九年(オ)第六三四号、昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決、民集一〇巻八号一〇五九頁)。
(三) <証拠>によれば、本件(三)の記事の内容は、第一面の見出し及び「記者メモ」というコラム欄の記事と、第三面の見出し、新聞用語でいうところのリード及び新聞用語でいうところの本記に分けることができる。そして、右コラム欄の記事は、公判で指名停止と脅かされたと証言が飛び出した云々の部分と、その裏で現金一〇万円を受け取る云々の部分の間が一行開いていてその中程に×印が記されていること、右リード文は、昭和六一年六月一六日に開かれたとする本件口頭弁論(証人調べを含む。)においてBが「証人に立ち、『甲田区議は大声で、区役所から指名停止にするぞ』と脅かしていた事実をのべた。さらに、区議社会党控室で、その当時、現金十万円をこの社長から受け取っていたことも明らかになった。」となっていること、右本記は、六段に分かれ、第一段は前記の本件口頭弁論の内容の、第二段は既に報道済みの本件(一)の記事の要約の、第三段は「密室」における原告のA(社)社長すなわちBからの現金一〇万円の受領の状況の、第四段は原告の同僚区議会議員をしての委員会における質問によるA社すなわちWの弾劾の、第五段は甲事件における本件(一)の記事の内容についての原告の主張の要旨とそれに対する被告の批判の、第六段は原告がした本件(一)の記事を理由とする被告の告訴とその結果の各記事であることを認めることができ、右コラム欄の記事を精読すると、公判で指名停止と脅かされたと証言が飛び出した云々の部分とその裏で現金一〇万円を受け取る云々の部分とがそれぞれ一まとまりになっており、その間が一行開いていてその中程に×印が記されているから、右各部分が独立の内容のものであると解されないことはないし、また、右リード文のみを精読すると、Bが証人に立って述べたことは原告がBに対して同区の指名業者としての地位を停止すると脅かしたことであり、Bの証言は原告がBから現金一〇万円を受け取ったとする事実には掛かっていないから、右事実は右証言とは別のことから明らかになったと解されないこともないし、さらに、右本記のみを精読すると、この各記事は、個別の内容を有しているから、相互に関連しながらも、一応それぞれ独立したものであると解されないこともない。しかしながら、<証拠>によれば、第一面の主見出しは、「甲田区議会社脅し密室で10万円受理」となっており、それに対応する記事は第三面に掲載されていることを示す「3面」の文字が右主見出しの下に掲記されているところ、第三面の本見出しは「虚勢くずれる甲田区議『指名停止』と業者脅す 地裁公判で事実続々」となっていることを認めることができ、右の第一面の主見出し及び第三面の本見出しの各文言並びにリード文の内容(なかんずく、一〇万円受領の事実が「明らかになった」としながら、明らかになったという以上は通常示されるはずのその根拠が明示されていないのに対し、その直前の・指名業者停止との脅しの事実の根拠が右証言であることが明示されていること。そのため、それを読む者の意識の流れとしては一〇万円受領の事実が明らかになったのも指名業者停止の脅しと同じであろうと理解することになり勝ちである。)に、新聞では見出しが記事内容を示唆する表現を行った文言であり、リード文が本記の要約的な前書きであって、多忙な読者に本記を読まなくてもその内容を了知させる趣旨で掲載されるものであることを併せ考えると、一般読者が普通の注意と読み方をもって本件(三)の記事を読む場合には、本件(三)の記事は、証人Bの証言によって、原告がBに対して同区の指名業者としての地位を停止すると脅かした事実のほかに、原告がBから現金一〇万円を受け取ったとする事実も法廷で明らかになったという意味に理解することになると言うべきである。
(四) そして、証人Bの証言によって原告がBから現金一〇万円を受け取ったとする事実が法廷で明らかになったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、昭和六一年七月一四日(本件(三)の記事の同年六月一六日は誤り。)午後一時に施行されたBの証人尋問において、証人Bがそのような証言をしていないこと(ちなみに、同日午後一時の本件第九回口頭弁論期日又は同年七月一四日午後一時の本件第一〇回口頭弁論期日において、原告がBから現金一〇万円を受け取ったといったことが明らかになったと言えるような事情もなかったこと)は、当裁判所に顕著な事実である。
また、被告において証人Bの証言によって原告がBから現金一〇万円を受け取ったとする事実が法廷で明らかになったことが事実であると信ずるについて相当な理由があると言いうる事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、被告が右Bの証人尋問期日に在廷していたこと(ちなみに、被告が右第九回及び第一〇回各口頭弁論期日に在廷していたこと)は、当裁判所に顕著な事実であり、被告は、当然に、証人Bの証言を聞いている(ちなみに、被告が右第九回及び第一〇回各口頭弁論期日における口頭弁論の内容を知っている)わけであるから、被告において証人Bの証言によって右事実が法廷で明らかになった(ちなみに、被告において右事実が明らかになったと言えるような事情があった)と信ずるについて相当な理由があると言いうる事実はないと言うべきである。
(五) したがって、本件(三)の記事の内容はその主要な部分において真実であることの証明がなく、また、被告が本件(三)の記事の内容をその主要な部分において真実と信ずるについて相当の理由がないことになる。
3 原告が東京都K区議会議員であり、昭和三八年初当選以来財政、文教、総務財政の各委員長、副議長として活躍し、また、日本社会党に所属し、同党K支部書記長、副委員長、委員長を歴任した上、現在同区議会同党議員団幹事長の地位にあること、被告が時事日報の発行責任者であり、昭和六一年八月一五日付けの時事日報第二九四号に一般に証人Bの証言によって原告が民間会社であるWの人事に介入し同社の代表取締役であるBから現金一〇万円を受け取ったことが法廷で明らかになったと読まれうる内容を含む本件(三)の記事を掲載した上同区内を中心に約三万部を配布したことは前記のとおりであり、また、右事実によれば、被告の右行為は、原告が有するその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値についての社会から受ける客観的な評価、特に同区議会議員として右価値についての社会から受ける客観的な評価に甚大な打撃を与えるものであること、他方、右記事内容は、精読すれば別個の意味に解されないこともないこと、その他丙事件に関してあらわれた一切の事情を総合して考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰謝すべき金員は、一〇〇万円をもって相当とする。
4(一) 人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づいて、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は、将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると解される(最高裁判所昭和五六年(オ)第六〇九号、昭和六一年六月一一日大法廷判決、民集四〇巻四号八七二頁)。
(二) 被告が昭和六一年八月一五日付けの時事日報第二九四号に一般に証人Bの証言によって東京都K区議会議員である原告が民間会社であるWの人事に介入し同社の代表取締役であるBから現金一〇万円を受け取ったことが法廷で明らかになったと読まれうる内容を含む本件(三)の記事を掲載したこと、右の内容が虚偽であって原告の名誉を毀損するものであること、被告が右時事日報を同区内を中心に大量に配布したことは前記のとおりであり、右事実によれば、右時事日報が配布されれば原告が重大でかつ著しく回復困難な損害を被る虞があることを推認することができる。そして、<証拠>によれば、右の原告の損害の発生を阻止するためには、被告の右時事日報の販売、無償配布及び第三者への引渡しを差し止める必要があることを認めることができる。
5 原告は、いわゆる三大新聞各東京本社版への謝罪広告の掲載を要求する。しかしながら、丙事件は、甲事件及び乙事件と関連するものであり、甲事件及び乙事件ではそれぞれの事件について判示した事情があること、丙事件についても、前記のとおり、証人Bの証言によって原告が民間会社であるWの人事に介入し同社の代表取締役であるBから現金一〇万円を受け取ったことが法廷で明らかになったとの記事内容は、精読すれば別個に解されないこともないこと等を考慮すると、前記慰謝料の支払の他に原告の請求するような新聞への謝罪広告の掲載を認めることは相当でないと言わなければならない。
四 結論
以上のとおりであって、原告の甲事件の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の乙事件の請求は、慰謝料五〇万円及びこれに対する乙事件に係る不法行為の後である昭和六〇年五月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、原告の丙事件の請求は、時事日報第二九四号について販売、無償配布及び第三者への引渡しの各行為の差止め並びに慰謝料一〇〇万円及びこれに対する丙事件に係る不法行為の後である昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで右割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 並木 茂 裁判官 楠本 新 裁判官 大善文男は、転補のため署名・押印できない。裁判長裁判官 並木 茂)